2008/05/27

【詳報】緊急現地調査報告会−林愛明静岡大教授

林愛明 静岡大学理学部教授

日本地球惑星科学連合 2008年大会 中国四川大地震 緊急現地調査報告会
2008年5月26日午後零時40分 幕張メッセ国際会議場

 まず、この地震で亡くなられた方にご冥福をお祈りさせていただきます。
 現地調査は、私と静岡大学の大学院生、南京大学でこのあたりの地質構造に詳しい2人の先生と4人で調査した。帰ってきたばかりで、まだ資料整理もできていないので、ポイントを報告する。


◇断層が作った谷にできた北川県

 テクトニクスの背景としては、インドプレートとユーラシアプレートの衝突でチベットが隆起し、東に押し出されて四川盆地に向けて押し出されている東の境界にあたる。GPSのデータでも動きが見えている。地質構造も、この境界でまったく異なる構造になっていることがよく分かる。ここにある龍門山の逆断層帯だけ、北東南西方向の圧縮構造になっている。チベットと四川盆地の境界で圧縮されている。圧縮されてできたことがよく理解できる構造だ。
 3本の断層から構成されているのが龍門山断層帯だが、ここから上は、今回、破壊されておらず、一本の続きの断層ではない。
 活断層と歴史地震の分布図で、90年代の地震を見ると、この周辺にはM7の地震が起きていることがよく分かる。南北地震断層帯といわれているが、南の雲南省まで延々と続いている。今回活動したのは、この2本の断層。灌口断層の中南部のセグメントと、北川断層の北川より北方のセグメントである。北セグメントと南セグメントと申しあげるが、名前は付けていない。

 地震の概況は皆さんのほうがご存じかも知れないが、ネットで調べた。地震動はほとんど中国の全土で観測された。震源メカニズムは、USGSとハーバード解と中国地震局のうち、中国地震局のサイトに出ているのが最も正しいだろう。私の現地調査の結果と合う。震源の傾きが30度前後であることは、これは地表でも確認できた。

 確認してきた地表地震断層の一部を紹介する。これは、川床部が平らに切れている写真で、その真上の道路でも切れている。横ずれの成分がなく、ほとんど純粋な逆断層で、30度ちょっとぐらいの角度だ。ここでも、道が3メートルほどずれていて、道路のがけが川床部に続き、川床まで約3メートルのがけができている。これが延々と何キロも追跡できる。ここでも横ずれがほとんどない。
 北川県の入り口付近では、道路に最大2.5ー3メートルの段差ができており、トラックが半分埋まっている。北川県ではすべて破壊され、死の町と言われており、我々が調査した次の日に閉鎖された。消毒作業が今でも行われているはずだ。ここは、もともと活断層が通っているところで、もとから活断層によるがけがあった。これまで知られていない断層ではなく、既存の断層だ。北川県は、もともと断層が作った谷にできていた町で、そこにまた地震が来た。傾斜角から考えるとスラスト成分は10メートルぐらいあると考える。
 火山のような形の液状化の噴砂丘が、断層の近くにあちこちで見ることができる。

◇木をクギでつないだだけの木造住宅も

 被害の特徴の一つは地すべり。強い地震で険しい地形にたくさんの地すべりが起きている。この写真は、200世帯が住んでいる村だった。ものすごいきれいな渓谷の地形だったところだ。そこが、村ごと200メートル谷に落ちて埋められ、救助はできない状態だ。山間部の断層沿いにこういうことがたくさん起きている。土砂崩れで起きた湖が、1本の川で何十個所もできている。大雨が降って、土石流による二次被害が非常に心配されている。
 調査中でも、余震が起きる度にがけ崩れが発生し、足元に石が飛んでくるという非常に危険な状況だった。
 断層が通ったところで建物が崩れている。がけ崩れと建物崩壊の両方が起きているので、どんな建物でもだめ。小学校の真下に断層があり、百十数人の子どもたちがまだ中に残されており、絶えられないぐらいのにおいがする。救出されたのはたった数人だ。断層が建物の真下にあり、建物の左が上がって、右が下がるという段差があるのが分かる。山間部の木造構造の家は、木をクギでつなげているだけで耐震構造ではない。7、8割はこういう構造で全壊している。
 救助活動は、今でも行われているが、壊れかけた建物から破片が落ちてきてもおかしくないので、ときどきケガをする人がいる。ボランティアや兵隊がいっぱい入っているが、非常に危険な状態だと言うことが分かる。
 一番大きいM6の余震があった際の写真。がけ崩れなどで険しい地形で、道路を直しても、ふさがれる状況がくり返され、中に入れなくなる状況になる。6時間ぐらい歩いて救助しに行こうとした人が、余震による地すべりが起き、救助に行く人がケガをした。我々も入ろうとしたが、がけ崩れで先に入れなくなったと言われた。ケガをした人がここで一時的な手当てをした。奥に入れないので、(通行止めの手前に)人が集まってしまう。この場所も地すべりが起きそうなところで、逃げ場がなく、石が飛んできたらほとんど逃げられない。こういうところでの二次災害も発生している。
 みんな軍服を着ているが、ボランティアや住民。兵隊さんの服を救済用に回しており、ボランティアや被災者で軍服を着ている人が多い。広東省のボランティアの写真だが、へんぴな村には政府の手が回らないので、ボランティアが何千キロも走ってきて物資を運んできて、配っている。村が全滅した人が、物資を背負って運び、帰って分配する。そういうボランティアの救助活動が行われている。

〔質疑応答や終了後の記者会見から〕
 14日に日本をたち、現地入りをして24日まで、正味9日間の調査をした。全体は車で行動し、地図もGPSも使って、断層線上に入れるところから両側1、2キロ以上の調査をしたが、全部は難しかった。

 龍門山断層帯の全体の幅は30−50キロで、北では20キロぐらい、都江堰の近くは10キロで、3本それぞれの幅は10−20キロの範囲だ。盆地側から順に灌口−安県断層(灌口断層)、北川ー映秀断層(北川断層)、茂ブン(サンズイに文)−ブン(サンズイに文)川断層(茂ブン断層)。全体では500キロある。茂ブン断層は今回動いたことは確認できなかった。震央は北川断層の真上だが、その西側では確認できなかったが、活動していないとは言えない。

 断層の長さは250キロ以上は確実だが、南側のセグメントで動いたのは、都江堰から北川の入り口あたりまでの100キロで灌口断層の一部。北は北川断層に沿って200キロ行くかどうかだが、どれぐらいかは確認できていない。

 南セグメントと北側の間は10キロぐらいだが、断層の変位に沿って行ってみたが動いたところは確認しておらず、動いていないように見えるが断定はできない。どこの断層でも雁行状に走っていることはよくあるので、断層がずれることはありうるだろうが、詳しいことは分からない。これからの解明だが、(根元が一つにつながっている)フラワー構造であるのかもしれない。

 北のセグメントは右横ズレが確認できているが、まだ詳しい作業は行っていない。北側のセグメントは横ズレのセンスがあるが、南はほとんどなく、純粋な逆断層だ。上下のズレは、南は3メートル前後。北のセグメントは5m以上あってそちらの方が大きい。

 文献の資料では、この規模の地震はないが、M7からM7.5はいくつもある。1933年のM7.5で6千人亡くなったが、天然ダムの決壊で2500人近い方が亡くなっている。今回の規模のものは歴史記録では見えない。
 龍門山断層帯の活動履歴は分からないが、変位速度は分かっており、日本の活動度A級ぐらいだ。写真でも見せたように、非常にきれいな活断層のがけがある。何十万年動いていないと言うことはあり得ない。川にできた段丘や、トレンチ(掘削調査)も行われており、そのオーダーは信用できると思う。最近のトレンチ調査によると、最近まで活発に活動しており、年間1ミリ以上の変動があり、日本であれば最も活発なA級にあたる。チベット高原のほかの断層に比べると、1ミリという数字は小さいほうだから、この断層では大きな地震が起きないという勘違いがあるかも知れない。

 今回、前兆現象があったという話は、地震が終わってからそういえばそうだと言うことだったという程度だ。
 強震計のデータはまだ入手できていない。(要約・中川和之 防災リスクマネジメントWeb編集長)(了)

写真:北川県の県庁所在地付近の地震断層(2008年5月20日)

 北川県の県庁所在地の南東約1キロ地点での地震断層。左(北西)側の木の生えた地面と、右(南東)側の人物の立っている道路面は地震前には同じ高さにあった。地震断層の食い違いによって左側と右側の地面には2.5メートルの落差が生じている。断層はこの道路とほぼ平行で、北東−南西方向に画面の奥に向かって伸びて都市を横切っている。
 アスファルトやコンクリートが盛り上がって地震断層沿いに連なっている状況は、モールトラック(もぐらのはい跡)と呼ばれて地震断層にそって地表を押し縮める力が加わったことを示している。(撮影・提供:林愛明・静岡大学)