能登半島地震の際に、多くの災害対応の関係機関に情報を共有していただくため、防災リスクマネジメントWebのコンテンツの一部をこちらで公開していた記録です。
2007/09/26
【会見詳報】能登半島地震から半年−梶輪島市長会見
2007年9月25日水曜日 輪島市役所
梶文秋 石川県輪島市長
能登半島地震から6カ月がたった。多くの方々から支援を頂きここまで来られた。多くのボランティアにより、高齢化率の高い門前の被災者も勇気付けられ、着実に復興に向けて歩みを進めることができた。厚くお礼を言いたい。
震災当初、住み慣れた住宅が全半壊し、被災者の方々を含め大勢の住民がぼうぜん自失とした。しかし、そうした窮状から何とか立ち上がろうという思いがわき上がり、既にいくつかは再建している姿も目にする。 危険な状態で建っていた建物は解体し、これから再建に向けた準備をしていく姿もよく見られる。特に輪島らしい蔵や産業を支えてきたさまざまな施設についても、多くの建築技師を含めたボランティアの方々が、町並みの再生と合わせて、産業の基盤となる施設の再建に力を寄せていただき、被災した方々も勇気付けられ復興へ向かっている。
市としては道路や農・漁業用施設について調査を終えて設計を行い、発注をしながら復興に向けて動いている。これから課題となるのは、高齢者の方々がどのようにして住宅を再建していくかが大きなテーマとなる。テーマを果たせなければ町並みを復興できないということもあるので、高齢者の方々に思いを寄せながら、住宅の再建復興に力点を置かなければならない。
このため、7月いっぱいまで復興計画の素案についてまとめてきた。項目にすると111項目、326件の震災復興メニューというのをまとめ、県の方ともすり合わせしている。
県の方では500億の復興支援基金を設置し、復興のプランについて基金の中で再生を図るというすり合わせをしている。県は月明けにプランを明確にする。
これまで感じてきたことは、国の制度のあるものはそれを活用する、制度の無いものは復興支援基金を使うということになる。国の制度があっても、一般財源をどのように捻出(ねんしゅつ)するかが大きなテーマとなる。復興基金については県が全体を把握しているので、被災者が少しでも助かるようなプランにまとめて欲しい。
少なくともこれから将来、輪島として今の震災を契機にリセットボタンを押して、あらためて町並みを元に戻していくことを考えれば、門前の総持寺通りなどの再生は、地域に合致したこれまで通りの住宅で街並みを整備してもらいたい。これと同じことが道下地区にも、黒島地区にも言える。特に黒島地区では将来のことも考えると、伝統的建造物群の地区指定を受けられるよう頑張りたい。
高齢者は住宅の再建のための資金を確保しようとしても借り入れするのは不可能だ。復興基金の中で支援することも含め、できるだけ再建していけるようバックアップして欲しいと思う。できない部分については一戸建て、二戸建ての公営住宅や高齢者が助け合うことができる福祉対応型の集合住宅を、仮設住宅の入居期間中に整備したい。
県の復興支援基金は5年を限定している。できるだけ早く復興を果たすということからも、5年というのは大事な期間だと思う。5年以内に少しでも元の姿に戻せるよう頑張っていきたい。
−公営住宅はどの辺まで煮詰まっているか。
国の整備に関する補助制度を活用して対応したいと思っているが、アンケートの結果、自力再建を目指す方が多く、公営住宅は70数戸しかない。この中で、どうしても今まで住んでいたところに生活したいという声があるので、地域のコミュニティーという観点からもできるだけ対応したい。県のほうでも一戸建ての公営住宅を建てるとき、モデル住宅が必要だと思う。自己再生するについても大きな参考資料となると思うので、それを生かしながら対応したい。それぞれ希望に応じ対応していきたいと思っている。
−決定はいつまでにするのか
復興支援基金を含め、10月に県が示すプランが出てこないと決められない。それらを総合的に勘案し、できるだけ早く、仮設住宅の期限となる2年間の中で公営住宅も含め対応したい。
−復興の進ちょく状況に満足は
公共施設の部分、極めて対応はスムーズに行ったと思う。あとは地域の中で住民が安心して住める状態をどう作るかだと思う。これはまだ完全とはいえない。門前地区でも隆起陥没した道路は発注はしたが、完全には整備されていない。準備だけは公共施設分については終わったが、高齢者の方々がそれぞれの地域で生活をどう戻していくかが課題となる。
今までの大きな家でなくても、もともとの地域で住みたいということもあるが、高齢なので借り入れをできないということがある。もし親のために子供が借り入れをしたとしても、復興支援基金の中で利子補給ができるとしても5年が限度となる。5年が限度というのが復興基金のルールとなると、永久的なものではないので、個人が再生するにも負担がかかるし心配だと思う。
その穴を埋めるには義援金や被災者生活再建支援法の支援制度、復興基金の中で、少しでも借りる額を小さくできるような、原資の面で少しでも補てんできるような形について県とすりあわせをしている。そういうところが見えてくれば被災者も安心し、次に取り掛かることができる。10月の復興基金の支援メニューが明らかになって、そこで初めて住民に活用を勧めることができる。そこからが本当の復興の再スタートになると思うので、その点では遅れている面があると思う。
−観光産業が復興していないが
観光は知事を先頭に風評被害の払しょくということで頑張っていただいた。市としては9月に地元の観光協会に予算をつけて頑張って欲しいと思っているが、今落ち込んだというのはどうしようもない事実なので、頑張って欲しいと思っている。
能登空港の利用状況も最初は大変落ち込んだ。これがひとつのバロメーターだと思うが、何とか徐々に回復傾向にある。あまり悲観せず、今しっかり我慢していけば、輪島という名前が大きく報道されたし、地域ブランド研究所の全国1000の自治体ランキングでも、03年の65位から今年は24位まで急上昇した。訪れたい地域として魅力がアップしたということは、今我慢していれば後に観光の増につながる。
産業の面でも、漆器は今は落ち込んでいるが、輪島塗が再生していくためには仕事を確保し、技術者を守り育てていく作業を忘れていくことはできない。輪島塗というものをあらためて見直し、求めて頂くしか再生していく道はないと思う。
−今の率直な気持ちは
ジレンマはたくさんある。金が持たないということ。一般会計だけでも150億予算をつけてきた。公債費比率が後に必ずこれにより上がってくる。今は復興を果たすのに一生懸命なので努力はするが、一方で財政的な厳しさが、後に輪島市の財政が大震災にあったということにつながってくる。復興を果たそうとすればするほど、国や県の方から財政的援助がなければ自治体としては復興を果たせない。そのジレンマがある。
市が財源を先に持てばもっとスピーディーにいろいろなことを決めることが可能だと思う。しかし、それは支援してくれる国や県とすりあわせをしていかないと、一人歩きはできない話だ。(了)
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